ありふれた男/希死念慮という麻薬

特に死にたい理由や死ななければならない理由も無く、以前よりずっと生きやすい状況にはなったと思う。ただ、この溢れる死への憧れとこの先永遠にこの手を伸ばせば届く死への渇望が止められない。耐えて生きていく未来が想像できない。金もある程度得られた、肉欲も物欲も満たしてしまった。ただそれらは脳を一時的に鎮めるものでしかない。この膨れ上がり今もそれを続ける病的な欲は最早死でもって賄うことしかできないのであろう。細く無機質なロープを御守りのように持ち続け、どんな苦しい状況でもこれさえあればという気持ちで生きていた。ただ、とうとうその物言わぬ冷徹な最後の切り札に全てを預けてもいいと思えてきた。これを見てる誰かに、楽な道のりなどは無い。最後の時はきっと苦しいし、想像を絶する痛みを伴うかもしれない。だが、それを乗り越えた時に我々が得られるのは待ち焦がれた無ではないだろうか。この書き込みの続き、若しくはこの駄文が消えていなかった時、我が身を持ってそれを証明したと思って貰えれば幸いである。

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